1.はじめに
1.1 「暗黙知」というのは、例えば、人の顔の見分け方など、経験的に使っているが簡単に言葉で説明できない知識のことです。ハンガリー出身の哲学者マイケル・ポランニーが、自身の著作『暗黙知の次元』で使った用語です。
ポランニーは、タシット・ナレッジ(tacit knowledge)ではなく、タシット・ノウイング(tacit knowing)と言っていました。
「暗黙知」に対する言葉は、「形式知(explicit knowledge)」で、言葉で説明できる知識です。
例えば、人の顔を見分けることについて、その人の写真を見せてもらえば覚えることができますが、諸々の特徴をいかにして結び付けているのかについては説明しにくいですね。これが暗黙知です。
たとえば、自転車に乗る場合、人は一度乗り方を覚えると年月を経ても乗り方を忘れない。自転車を乗りこなすには数々の難しい技術があるのにもかかわらず、である。そしてその乗りかたを人に言葉で説明するのは困難である[注 1]。
「暗黙知」に対する言葉は、「形式知(explicit knowledge)」で、言葉で説明できる知識のことです。
1.2 ポランニーの「暗黙知」を利用した「暗黙知」として、ナレッジマネジメントの分野で使用されている、経営学者の野中郁次郎(知識経営論で有名)によるものがあります。
野中氏が定義した「暗黙知」は、「経験や勘に基づく知識のことで、言葉などで表現が難しいもの」とされています。
野中氏は、このように定義した「暗黙知」を「形式知」化することを、ナレッジマネジメントの目的の一つとしています。つまり、ナレッジマネジメントとは、個人が持つ非言語情報はそのままでは共有しにくいので、明文化・理論化し、それを情報システムに集積することで、「暗黙知」を含む知識全般の共有化を進めていこうとするものです。
(ここまでの記述は、Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/暗黙知 に基づきます。)
1.3 当所が提案する「暗黙知見える化」では、「暗黙知」というのは、野中氏の定義による「暗黙知」、すなわち「経験や勘に基づく知識のことで、言葉などで表現が難しいもの」に近く、「熟練者が持つカン、コツ、ノウハウ等の知識と知恵」を指しています。「暗黙知」が、言葉などで表現が難しい非言語情報であることは、ポランニー及び野中氏の定義と同じです。
従って、当所が提案する「暗黙知見える化」は、熟練者が持つカン、コツ、ノウハウ等の暗黙知(非言語情報)を言語化、図像化等によって、目に見えるようにし(可視化し)、さらに、熟練者以外の人(非熟練者)がその暗黙知を学習して自分で使える(体得する)ように支援すること、と言えます。
1.4 どんな企業にも「重要な仕事」というものが存在します。また、その「重要な仕事」を遂行するのに必須の高度な熟練技術・技能を持つ熟練者(ハイパフォーマー)が存在します。
そして、その熟練者の頭脳や身体には、「重要な仕事」を遂行するときに役立つカン・コツ・ノウハウといった暗黙知が、長年の経験を通じて埋め込まれています。言い換えると、熟練者の頭脳や身体には、カン・コツ・ノウハウといった「暗黙知」が一体化されているのです。
しかし、その定義から明らかなように、熟練者の「暗黙知」は言語などで表現することが難しいため、それを未熟な後継者に伝えるのは容易ではありません。
そこで、「暗黙知見える化」が必要になるのです。
熟練者の頭脳や身体に埋め込まれたカン・コツ・ノウハウといった暗黙知を可視化し、さらに、可視化した暗黙知を非熟練者(後継者)が効率よく習得できるようにするには、社内にある「仕組み」を構築して稼働させればよいのです。
一定期間の継続的なコンサルティング活動を通じて、上述したような「仕組み」(これは「暗黙知高速学習システム」と呼ぶことができると思います。)を、その企業内に構築できるように支援する、これが「暗黙知見える化」だ、というわけです。
2.なぜ弁理士事務所が?
2.1 「業務の見える化」とか「仕事の可視化」などの言葉は、以前からお聞きになったことがあると思います。
が、「暗黙知の見える化」という言葉は、聞き慣れない言葉ではないでしょうか?
当所の提案する「暗黙知の見える化」 とは、既に述べたように、熟練者の頭脳と身体に埋め込まれたカン・コツ・ノウハウのような暗黙知を可視化して、その暗黙知を非熟練者でも容易に学習(体得)できるように、「仕組み」を構築することです。
このようにして可視化した暗黙知を社内で活用すると、すごく大きな効果があると思いますし、複数の友人からもそのように言われています。(実際に一部の企業は成果を上げています。)
そこで、「暗黙知見える化相談室」を設けたのですが、国内でこのような業務を提案した弁理士事務所は他にないと推測しています。
2.2 なぜ、こんなことを始めたのでしょうか?
また、なぜ実施するのが弁理士事務所なのでしょうか?
さらに、なぜ私(泉)自身がやることになったのでしょうか?
これには深い、深い理由があります。
その理由を知っていただくために、以下の文章を書きました。これをお読みいただければ、その理由をご理解、ご納得いただけると思います。
また、多くの方にも共感いただけるのではないか、と思います。
3.30年以上の特許実務経験からわかったこと
3.1 当所代表の泉は弁理士です。30年以上、日本を代表する大企業(NECとその関連会社)を始め、多くの中小企業やベンチャー企業の特許を取るお手伝いをしてきました。
その間ずっと、「その状況で力の限りを尽くす」というポリシーで仕事をしてきましたので、クライアント(お客様)には高い評価をいただき、やりがい、達成感も感じてきました。
しかし、いつか、自分のやっていることに疑問を感じ始め、「無力感」も生じていました。
その理由は、苦労して良い特許を取っても、それが直接的にクライアント企業の業績改善につながったとの実感を得ることが少なかったからです。
そうこうしているうちに、あることに気づきました。
「そうだ。弁理士にとっては特許を取ること自体が目的だ。しかし、企業(お客様)にとって大事なのは、特許を取ることではない。特許を取るのは、あくまで自社の事業の役に立てるため、競争優位を得るためだから、特許はそのための道具にすぎない。もちろん、企業(お客様)が「特許を取った」という自己満足を得ること、特許取得を通じて自社のステータス(社会的地位)の向上を感じることも、大事だ。しかし、自社の事業の役に立たないのなら、特許を取る意味は半減するのではないか。特許を取る前にも、やるべきこと、もっと大事なことがあるんじゃないか」と。
この点について長い間、熟考しました。あれこれ試行錯誤しました。その結果、思い浮かんだのが、「仕事を通じて社員の頭脳や身体の中に培われてきたカンやコツ、ノウハウといった暗黙知(非言語情報)を引き出し、それを言語化・体系化して、知恵に転換する」という業務です。
3.2 3.1で述べた「社員」とは、いわゆる知識(知的)労働者(ナレッジワーカー)(knowledge worker)のことを指しています。
知識(知的)労働とは、文字通り「知識」(knowledge)を使って働くことをいいます。この言葉は、マネジメントの父ことピーター・ドラッカーが『断絶の時代』という著書の中で使ったのが最初だといわれています。
例えば、医者、弁護士、税理士、学者、コンサルタント、ITエンジニア、金融ディーラー、会社経営者、営業など、です。
また、ドラッカーに言わせれば、ブルーカラーであろうとホワイトカラーであろうと、仕事の成果を出すために知識を使う者はみな、立派な知的労働者(ナレッジワーカー)なのだ、ということです。
頭の良さや学歴は関係ない。必要なのは、成果を上げるための意思決定を行う能力であり、その意味で、“いわゆる”ブルーカラーやホワイトカラーといった括り方は、そもそも知識(知的)労働者(ナレッジワーカー)を定義するうえで適切ではない、とされています。
(3.2の記述は、https://d-lab.management/?p=15255 に基づきます。)
3.3 「暗黙知見える化」によれば、知識(知的)労働、例えば、何らかの製品や部品の開発・設計、製造工程中の組立や加工、店頭での販売のほか、医者や弁護士・税理士・弁理士等の専門職の業務など、知識と経験から人の頭脳や身体に暗黙的に蓄積されるカン・コツ・ノウハウ等の暗黙知(非言語情報)を、言語や図表、グラフ、写真、動画等を使って可視化し、他人に伝達できるように、また、他人が利用できるように変換することができます。
従来、人間または動物などの行動を分析する学問として「行動分析学」(Behavior Analysis))というものが知られています。これは、アメリカの心理学者バラス・スキナーが創始したものですが、字義通り、人間または動物などの「行動」(外部から観察できるもの)を分析する学問であり、生物ができるすべての行動を対象としています。他方、認知的なものは一切無視します。
具体的には、独立変数(環境)を操作することで従属変数(行動)がどの程度変化したかを記述することによって、行動の「原理」や「法則」を導き出します(実験的行動分析)。これにより、行動の「予測」と「制御」が可能になるのです。その成果は、人間や動物のさまざまな問題行動の解決に応用されています(応用行動分析)。
(3.3の記述は、Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/行動分析#関連項目 に基づきます。)
3.4 「暗黙知見える化」が行動分析学と違うのは、人が何らかの業務(タスク)を行うときの「行動」ではなく、頭脳で考えていること、例えば、「推理」・「判断」・「記憶」などの「認知的動作」に注目していることです。「行動」にも注目しますが、「認知的動作」が主たる分析対象であり、「行動」は従的なものになります。
ここで、「認知」とは、人が対象についての知識を得ることや,その過程を意味します。知覚だけでなく,推理・判断・記憶などの機能を含み,外界の情報を能動的に収集し処理する過程を指しています。(三省堂『スーパー大辞林』の「認知」を参照。)
この点で両者は明らかに異なります。
4.暗黙知見える化により得られるベネフィット
4.1 「暗黙知見える化」、言い換えると、 「暗黙知高速学習システム」を構築する手法 は、セミナー、企業研修、コンサルティングの三つの形態で提供します。これにより、お客様は次のような5つのベネフィット(効用)が得られます。
(ⅰ)業績向上に直接貢献できる
(ⅱ)自信が持てるようになる
(ⅲ)できる社員の高質ノウハウの改良・発展が可能になる
(ⅳ) 熟練者の技術・技能承継が可能になる
(ⅴ) 特許の効率的な取得と活用ができる
どういうことか、個別に説明しましょう。
4.2 第1のベネフィット=業績向上に直接貢献できる
第1のベネフィットは、社員の能力(スキル)の底上げ、社員の問題解決能力や付加価値創出能力の向上等が期待できる、ということです。
これは、社員の頭の中にあるカン・コツ・ノウハウ等の暗黙知を引き出して可視化できれば、いわゆる業務の属人性(特定の業務が特定の従業員のスキルや知識、経験に依存している状態)という大きな問題がなくなり、これらの暗黙知を「会社の資産」にできるからですね。
特許よりも、企業の業績向上に直接的に貢献できるわけです。
4.3 第2のベネフィット= 自信が持てるようになる
第2のベネフィットは、何よりも、自信が持てるようになることです。社長だけでなく、社員も自信を持てるようになるのです。
「俺の会社もけっこう良い技術を持っているじゃないか」
「私にはこんな能力があったんだ」
というように。
当たり前すぎて自分の業務遂行能力に価値を感じていなかった社員が、自分の価値に気づくことで、自信を持てるようになるわけです。
4.4 第3のベネフィット=できる社員の高質ノウハウの改良・発展が可能になる
第3のベネフィットは 自分の業務遂行能力の改善・発展が容易になり、より価値の高い業務遂行能力の創出が期待できるようになる、ということです。これは、自分の暗黙知を開示した人(できる社員、熟練社員)が、「暗黙知見える化」のプロセスを通じて、無意識でやっていた自分の思考法や習慣、思い込み等に気づくことができるためですね。
このベネフィットにより、自己のカン・コツ・ノウハウ等の開示を積極的には望まない社員に、「暗黙知見える化」への協力を承諾してもらいやすくなるわけです。
4.5 第4のベネフィット= 熟練者の技術・技能承継が可能になる
第4のベネフィットは、2007年頃から問題になっている、退職間近の「熟練社員の技術・技能承継」の解決が期待できることです。
技術・技能承継の難しさは、
「伝えたくても伝えられない。」(熟練者は伝えるコトバを持っていない)
「教わりたくても教われない。」(若手社員は教わるための背景知識を持っていない)
ということにあります。
対話を通じて貴重なカン・コツ・ノウハウ等の暗黙知を見える化することで、この難しい問題の解決も期待できるようになります。
4.6 第5のベネフィット= 特許の効率的な取得と活用ができる
第5のベネフィットは、特許の効率的な取得と活用です。
カン・コツ・ノウハウ等の暗黙知を見える化する時に、事業上の価値があると分かった場合、特許取得のためのプロセスを開始しますが、発明者が暗黙知を言語化する(文字や図表を使って表現する)方法を知っていれば、自分の発明の内容を弁理士に伝えやすいため、特許取得も効率的になります。
また、特許をどのように事業で使えば、事業に好影響を与えられるかが明確になりますから、特許の効率的な活用もできるようになります。
特許活用の面での私の長年の要望も達成されるわけですね。
以上が、「暗黙知見える化」を考え始めた理由です。
5. なぜ弁理士が適任なのか?
ひとことで言えば、弁理士が持っているスキルは、その仕事の性格から、いわゆる知識(知的)労働者(ナレッジワーカー)(knowledge worker)の業務に内在する
カン・コツ・ノウハウ等の暗黙知を見える化(言語化、図像化)するのに最適だ、というのが理由です。
弁理士が特許明細書を作成する場合、弁理士は次のような3つのステップを実行します。
1.従来技術を考慮して発明Aのバリエーションを考え、それらを上位概念化(抽象化)することで発明Aの本質を掴む
⇒発明Aの具体例を抽象化して本質を把握・言語化
2.その本質に応じて発明Aを上位概念化し、同時に目的(課題)と効果を設定して、発明Zを創出する
⇒発明Aの本質に基づいて発明Zを体系化して言語化・図像化
3.発明Zの構成(手段)を下位概念化(具体化)し、実施形態を作成する
⇒発明Zを具体例(実施形態)に展開して言語化・図像化
多くの場合、ステップ1の前には、発明者と面談・対話することで、目に見えない発明という技術的アイデアを理解し把握する、というステップがあります。
つまり、熟練した弁理士は、つぎのような能力(スキル)を持っているのです。
・発明の理解力と言語化・図像化力
・特許明細書の構想力
・発明者との対話力
これらの能力(スキル)は、いわゆる知識(知的)労働者(ナレッジワーカー)の業務を対象とした「暗黙知見える化」、つまり、「暗黙知高速学習システムの構築」 にぴったり、というわけです。
以上